『いい親』の条件

Q みなさんは、自分ひとりのために、ひと月当たりどれくらい食費をかけているだろうか。

 

ここで、『いくらだろう?』と考えてもらったところで、この後に続く文章には一切関係ないのだが、何はともあれ、それでも読み続けるということが大切だ。

 

さて先の休日、スーパーに買い出しに行ったときの話。

 

僕は毎月、月頭と中旬に食料の買い出しをするのだが、1ヵ月の食費を20000円以内にすると決めている私にとって、この時間は生徒に教えているとき以上に頭を使う。

独身男性一人暮らしの食費の相場は分からないが、昼・夜と自炊なしにコンビニ弁当で済ませていると、1日の食費は1000円を超える。

すると1ヵ月で30000円近く出費することになるから、20000円はまぁ優秀な方だろう。

 

・・・しかし、20000円と言うのは、じつは簡単に実現できる。

例えば、レトルトカレーの5個入りパックが398円だから、それを6個買えば1ヵ月分の夜ご飯が確保できる。昼も欲しいなら12個買えばいい。あと必要なのはお米と飽きに負けない強い心だ・・・

 

さて少し脱線したので話を戻そう。

私はいつも買い出しのとき、食材とともに、大量の駄菓子を買い込んでいる。

子供の頃、100円玉を握りしめて駄菓子屋に行き、何を買おうか必死に悩んだ時間を思い出すと、常に子供の目線でいられるからだ。

好みでも趣味でもない。立派なプロ意識。ということにして子供じみた部分を正当化している。

そしてこの日もいつも通り、駄菓子を調達すべくいつもの駄菓子コーナーに足を運ぶことにした。

レトルト商品がある通路を抜け、3つほど通路を通り過ぎたあと、右に曲がれば駄菓子のコーナーがある。

今日もいつもと同じ通路、同じ道順、のはずだった・・・が、そこに表れたのは井戸端会議のママさんたち。

駄菓子コーナーに入る通路を完璧に塞いでいた。

そして話に夢中でこちらの様子に気付く気配もない。

きっと子供が自分の元から離れていても、しばらく気付かないタイプだろう。

「すみません」と言って無理に通ることもできただろうが、変に人見知りな自分は、ママさんたちの盛り上がった会話を止めることができず。

仕方がないので、遠回りして反対側に回り、駄菓子コーナーに入ることにした。

 

さて、ここで僕のオススメ駄菓子トップ3の紹介だ。(イェーイ!!)

3位は『ココアシガレット』

今ではコーラ味やソーダ味もでていて、もはやココアシガレットを見ることは珍しくなったが、行きつけのスーパーにはあるので必ず買う。

子供のころはタバコを吸う大人のすがたに多少の憧れもあり、人差し指と中指で挟んでは、陰でタバコを吸う真似をしたものだ。ちなみに僕は非喫煙者である。

 

2位は『ビックカツ』

何を買うか困った時はこれにしておけば間違いないという、定番の駄菓子だった。

原材料は不明で本当にカツなのか、今も昔も分からないままだが、今はお酒のおともにピッタリである。

 

そして1位は『タラタラしてんじゃねぇーよ』

これは本当に定番。少しピリッとくる感じが、これまた酒のつまみとして最高。

十数年たった今も変わらないギターを持ったバンドマンのパッケージイラストで、大人になった今でも必ず目を引かれる。

 

とまぁ、これまたかなり話を脱線したが、この日も一番最初に目に入った駄菓子はやっぱり『タラタラしてんじゃねぇーよ』。

とりあえず5つほどカゴの中に入れて、他の駄菓子を見繕うことにしたが、ママさんたちには少しこれを投げつけてやりたい気分だった。うむ、それは嘘である。

 

『いい親』の条件ってそんなだっけ?

 

さてここからが本題。

先の話で登場したママさんたちだが、駄菓子コーナーで商品を選んでいるとき、ふと会話の内容が聞こえてしまった。

そこで話していたのが、子供の習い事についてだったのだ。

どうやら一人のママさんの子供が新しく英会話に行きはじめたらしく、そのことについて話しているようだった。

 

以下会話内容(うろ覚え)

A:子供を英会話教室の体験に行かせたのー!

B:えー!どうだった!?

A:授業料は少し高いけど、これから必要になるし、行かせることにした!

B:そうよねー!周りの子もみんな行ってるから、やっぱり行くべきよね。

A:あと、○○ちゃんと○○君のところは、プログラミング教室にも行かせてるの!

B:さすが、いい教育してるわー。

A:ねぇー!そこまで子供にしてあげるって、いい親だよねー。

 

この会話を聞いてあなたはどう思っただろうか。

私がこの会話を聞いて思ったのは、このママさんたちの中では、子供にどんな教育を受けさせているかが『いい親』であることの判断基準になっているのだなぁ。ということ。

とりあえずレジで支払いを済ませ、マイバックに買ったものをつめ、家への帰路につきながら、いい親って何だろうと改めて考えてみた。

 

『いい親』って子供が決めることだよね

 

まず大前提としてなのだが、いい親かどうかは、親が決めるのではなく『子供』が決める。

先のママさんたちに、どれだけ子供に尽くしているかで、いい親は決まるものじゃない。

しかし一方で、その様にすることでしか、立派な親をやれているという実感を親が持ちにくいのも事実だなぁと。

だから常に世間体や他の家庭のことを気にして、子供のためだといいつつ、実は自分自身のためにやっている親がほとんどになってしまう。

そしてそれが行き過ぎると、最悪の場合、子育てが親の自己実現の道具になってしまう。

教育とは他人に評価してもらいにくく、それ故に施す側のエゴがでやすいのだと改めて思ったのだ。

 

ただもっと根本的な問題がある。

それは『教育を施すこと』が親の役目であると考える親が多いということ。

もっと言うと『教育を施すこと』が親の役目というのは、間違ってはいないが正しくもない。

教育とは、子育ての手段の1つであって目的ではないのだ。

そして子育ての真の目的とは、『子供が幸せになれること』。たったそれ1つなのである。

その点で言えば、どんな習い事をさせたとか、どんなおもちゃを買ったとか、そういうことは本質的には意味がないのだなと、改めて気付く帰り道であった。

先のママさんたちにはここで初めて感謝である。

 

松本一輝

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